34. 虹色の怨念2

 剣持萬蔵(けんもち まんぞう)に真意を打ち明け、一門を率いて夫・平国香(たいらの くにか) と娘・丹々(にに)の仇、平将門(たいらの まさかど)を討つ覚悟を決めた時のことを巳句羅 (みくら)は思い出していた。  東国の盟主となった将門に従う軍勢は万の大軍だ。復讐の念に燃えるとは言え、国香一門の生き 残り百名足らずで正面から向かっては、将門に近づくこともできない、それは巳句羅も萬蔵もわかって いた。あくまでも国香一門は壊滅し霧散していることを装い、目立たないように行動したうえで、 将門の警護が手薄の時を狙って奇襲を掛けるしかない。  巳句羅は瑠璃寺で尼僧の修行をしているために、昼間に萬蔵と接触できる機会は少なかった。巳句羅 の出自を知る住職・信尼(しんに)の特別の計らいによって、巳句羅は離れに一人部屋を与えられて いた。萬蔵は手下1名と共に深夜に瑠璃寺に忍び込み、その巳句羅の部屋に近づいた。手下を外に 残して見張らせ、萬蔵は中に入った。  部屋の中で立ったまま行燈の光に照らされた巳句羅は、部屋の隅に座った萬蔵に言った。 「萬蔵、私に弓の奥義を教えてくれ。」。 萬蔵は視線を板の床に落としたまま答えた、 「奥方様が弓など修行して何となさいます。」。 萬蔵の言葉に被せるように、静かに巳句羅は返した、 「この手で丹々の敵を討つのです。」。 萬蔵は身動きせず言葉を続けた、 「戦うのは我ら武士(もののふ)の役目。奥方様には頭として立っていただきたいのです。ましてや 女の弓で敵将を射ることなど、到底叶うものではありません。」。 巳句羅は萬蔵の前に座って言った、 「私に弓の奥義を教えてくれ。」。 萬蔵は顔を上げて答えた、 「奥方様に弓の修行など無理です。」。 立ち上がった巳句羅はゆっくりと部屋を歩きながら言った、 「夢を見たのだ。いつか話した鯉の話の通り、私が将門を射て、将門は果てるのだ。」。 萬蔵は短い息をついて言った、 「確かに、我ら無勢故に、取り巻きを打ち破って将門に近づき討ち取ることは至難。徒歩(かち)で 兵を攪乱し、馬に乗った将門を遠くから射るのが得策と考えられます。」。 萬蔵の方に向き直った巳句羅は言葉を重ねた、 「であろう。」 萬蔵は首を振りながら続けた、 「であっても、離れた所からの狙い撃ちです。今われら一党で弓の修練を積んでいる所です。」 萬蔵に近寄り、少し間を置いて巳句羅は言った、 「私が見た夢では、普通の矢で射るのではない。何か違ったもので射るのだ。それもかなりの遠方 からだ。私の気で射るのだ。」。 肩に手を乗せた巳句羅を避けるように改めて顔を伏せた萬蔵は、少し口調を強めて答えた、 「奥方様、夢の話はもう結構。我ら一党身命を賭して将門に挑みます。どうか・・」 「萬蔵、これはふざけているのではない、これは」 巳句羅がそこまで言ったとき、鳥の鳴き声のような甲高い音が途切れ途切れに二人の耳に入った。 誰かが離れに近づいてきたことを、外で見張る萬蔵の手下が知らせたのだ。連続した音でなく、 途切れ途切れの音は、至急退避すべき状況であることを表している。 「ご免、いずれまた」 そう言って立ち上がり行燈を吹き消した萬蔵は、素早く部屋から出て行った。  萬蔵以下国香一門の残党は、山奥で猟をして暮らしながら再戦の準備をしていた。この時代の 武士は、江戸時代のような専業の武士ではなく、一般の農民であった。武士が職業軍人のように専業 となったのは、織田信長が行った兵農分離政策以後のことだ。だから、平将門の時代には農民が自ら の安全を守るために武具を持ち、農作業の傍ら武芸を磨いている者もいて、領主の招集に応じて戦に 参戦するというのが民間で起こった戦闘軍団、すなわち武士の姿であった。生き残った国香一門は 田畑のある旧領には戻れないので、人里離れた山の中に身を隠し、猟で食料を調達するとともに、 獲物を農家に持ち込んで農産物や衣類などと交換することで、生活を繋いでいた。  バサバサっと音を当てて、頭を射抜かれた山鳥が木の葉にぶつかりながら落ちた。それを拾い上げた 常木永新(つねき えいしん)は、国香一門で萬蔵に次ぐ弓の名手だ。萬蔵も永新も村木又介(むらき  またすけ)の弟子だ。この日は3人で猟に来ており、山鳥を仕留めたのは又介だった。 「相変わらずお見事ですな。5羽目ですよ。」、 […]

33. 虹色の怨念1

 巳句羅(みくら)は瑠璃寺の奥で床に就いていた。 瑠璃寺は常陸国(ひたちのくに)の府中にある真言宗智山派の尼寺で、夫、平国香(たいらのくにか) と娘、丹々(にに)を亡くし僧籍に入った巳句羅が務める寺だ。  巳句羅の目はほとんど見えなかったが、目を閉じていても時折鮮明に蘇る光景があった。それは 平将門の顔であり、自分が凝視した将門の眉間を七色の矢が貫いて、血が噴き出る様だった。巳句羅 は脱力感をまとって床にいたが、目以外のどこにも怪我はなかった。鬼怒川の鯉の鱗を両目に入れ、 鱗を通した自らの視線で将門を撃ってからは気を失った。気づけばこの床にいた。瞼は開くが景色が ぼんやりと見えるばかりで、起き上がる気力もなかった。< p>  世話をしてくれる尼僧に依れば、自分を抱えてこの寺に戻したのは鎧に身を包み馬に乗った数名 の武者(もののふ)であった。そのただならぬ様子に警戒し、門内に尼僧兵団を配したうえで脇門 から応じたところ、武者は誰も名乗らなかったが全員が馬から降り丁寧な言葉使いで、奥方様を よろしく頼むと言い残して去って行ったとのことだ。自分のことを奥方様と呼ぶ武者とは、夫、平国香の 家臣、剣持萬蔵(けんもち まんぞう)とその一党であることが巳句羅にはわかった。平将門を討った とはいえ、将門を新皇と仰いでいた武州の反乱勢力は平国香の一門に追手を掛けるのが明らかである ことから、萬蔵以下国香一門の残党は早々に巳句羅を安全な尼寺に落として、方々に逃げ散ったに 違いない。< p>  平将門は死んだのか。将門はあなたに討たれる、鱗を通して見よ、将門の死が見える、鬼怒川 の銀色の鯉はかつて巳句羅にそう言った。そしてその鯉の鱗を入れた巳句羅の目は、将門が眉間 から血を吹き出す光景を見た。目を閉じれば何度でもその光景が浮かんだ。それでも巳句羅には それが現実だったかどうかわからなくなっていた。< p>  数日経ち、巳句羅は起き上がれるようになった。目を開けば光が眩しく、ぼんやりとしか見えな かったためにほとんど瞼を閉じたままにしていた。  瑠璃寺の住職、信尼(しんに)が、尼僧の燕尼(えんに)と共に巳句羅の部屋を訪れた。 「巳句羅、具合はどうだね」、 燕尼は廊下からそう声を掛け、ゆっくりと襖を開けた。部屋の真ん中に正座し廊下に背を向けていた 巳句羅は、その声を聴いて廊下の方に向き直った。 「お蔭様で落ち着いております」、 信尼と燕尼が巳句羅の前に座り終える辺りで口を開いた。 「目はまだ見えないのか」、 燕尼は心配そうに尋ねた。 「変わらずでございます。うっすらと明かりは感じますが、ほとんど見えません」、 顔を燕尼の方に向けて巳句羅はそう言った。 「医者もそなたの目が悪くなった理由はわからんと言った。いったい何があったのだ」、 信尼が尋ねた。 巳句羅は顔を左右に振り、心当たりがない素振りを示した。 「そなたは、夫君(おっとぎみ)の一門と共に行ったのか」、 そう尋ねる燕尼を信尼が視線で制した。 「信尼様、私のような者がこれ以上お世話になりお寺にご迷惑をおかけすることはできません。 どこか遠方の寺をご存じではないでしょうか。」、 巳句羅は顔を伏せてそう言った。 「その体でどこへ行こうというのだ。ここにおれ。」、 そう言う信尼の方を向いて燕尼は言った、 「信尼様、巳句羅をこのままにしておけばいずれ追手が嗅ぎつけますぞ」。 「巳句羅はずっと目が見えぬのだ。そんな巳句羅が何をしたというのだ。あの武者どもは道で見か けた盲目の尼僧をこの寺に送ってくれただけじゃ。何もはばかることはない。」、 信尼は巳句羅の方を向いてそう言った。 「しかし、将門殿を失った武州の侍は色めき立ってその下手人(げしゅにん)を探しておるはずです。 巳句羅の素性を知れば。」、 そう言う燕尼の顔を見据えて信尼は言った、 「たとえ素性を知ったとて、盲目の尼が武士(もののふ)相手に何ができると問うてやれ。将門殿が 討たれたこととは何の関係もないわい」。 巳句羅に顔を向けた信尼は加えた、 […]

30. 命と意思を持った水を探す者3

 悲鳴を上げて足をばたつかせる綾丸の左腕は鬼灯(ほおずき)と寛蔵によってしっかりと床に 押さえつけられており、右腕と上半身は伽今(がこん)が押さえていた。激しくばたつかせた足に 顎を蹴られてのけぞり右腕を放しそうになった伽今を鬼灯は怒鳴りつけた、 「馬鹿たれがしっかり押さえとけ。」 伽今は綾丸の下半身と右腕に体を被せるようにして押さえ直した。飴草の汁を染み 込ませた布で巻かれ押さえつけられた綾丸の左腕の上には、子供の拳ほどの熱気に揺らめく炭火が 一つ置かれていた。蓮伽上人はその炭火の上に右手の平をかざし、左手を自身の額に当てて念を 込めた。しばらくすると突然炭火が赤から青に変わり、そして消え、綾丸の左腕から黒い煙のよう なものが発し腕の周囲を包んだ。 蓮伽上人(れんがしょうにん)が途轍もない大声で叫んだ、 「綾丸、念を込めよ、綾丸、綾丸ぅ。」 突如両目を見開いた綾丸は紫法印(しぼういん)を唱え、左手を握りしめて念を込めた。綾丸の左腕 を取り巻いていた黒い煙がその数十倍にも膨れ上がり、綾丸から離れて庭に出て行って地面に落ち、 地中に浸みこんで行った。  夜が明けて鳥の鳴き声が芳しい千厳寺(せんげじ)別院の廊下にあわただしい足音がした。障子 を勢いよく開けて珠実と瀬名が別堂に入ってきた。日蓮上人坐像の前には、布団に眠る綾丸の姿だけ だった。足音を殺して綾丸に近づいた珠実と瀬名は、布団の上に出た綾丸の左腕をしげしげと見た。 包帯の巻かれていない手の甲や指は普通の肌の色だった。 「黒うのうなったなぁ」、 押し殺した声で呟きながら瀬名が綾丸の傍らにしゃがみ込んで綾丸の左手と珠実の顔を交互に見た。 右手の人差し指を立てて口に当てた珠実もしゃがみこんで、綾丸の左手と顔を何度も見返し、瀬名に あごを振って部屋から出る合図を送った。足音を立てないよう忍び足で廊下に出て静かに障子を閉めた 二人に庭から伽今が箒を持って声を掛けた、 「お早う、どしたんじゃお前ら。」 「あの姉ちゃんはどうなん、手は黒うのうなっとるね」、 と尋ねる珠実に伽今は鼻の先を天に向け箒を振り回しながら言った、 「そりゃあ、わしが黒い煙を追っ払ろうたんじゃ。」 「がーちゃんが治したん?」、 瀬名が言うが早いか、 「がーちゃんはあの子に蹴とばされんように抱きついとっただけじゃろうが」、 そう言いながら伽今の後ろ頭を押し叩いて鬼灯が現れた。 「がーちゃんじゃのうてよぉ伽今上人と呼べえや」、 そう言って振り返った伽今は鬼灯に箒を振り下ろした。 伽今が当てないことを見透かしている鬼灯は箒を交わしもしなかった。勢いよく振り降ろした 箒を慌てて鬼灯の頭の寸前で止めた伽今は、照れくさそうに瀬名の方を向きなおって言った、 「あの姉ちゃんは寝とったか。」 「良う寝とった、手は治っとったね、あの手が黒かったんは何じゃったん?、水に当たったって言う ちょったけど」、 珠実が鬼灯の方に向かって尋ねた。鬼灯は瀬名と珠実を交互に見ながら答えた、 「世の中には怖い水もおるんじゃ、普通は出くわすこともないんじゃが、あいつはどっかで出 くわしたんじゃろう。」 「ほんでどうやして治したん」、 瀬名が鬼灯を見上げて言った。 「寛蔵さんとお上人さんに頼んで怖い水を追い出してもろうたんじゃ、がーちゃん上人じゃ ないで」、 と真顔で言う鬼灯に伽今はまた箒を振り回しながら言った、 「じゃけん、わしも手伝うたろうが。」 「あれで全部抜けちょったらええんじゃが」、 鬼灯は綾丸のいる別堂の方を見てそう呟いた。  翌朝になって綾丸は目を覚ました。炭火を置いた場所に火傷の水ぶくれはあるものの、左腕は 従来の肌色に戻り、ほとんど普通に動くようになった。ただ、しばらく様子を見た方が良いという蓮伽 上人の助言によって、綾丸は当分の間寺の仕事を手伝いながら千厳寺にいることになった。  伽今は綾丸の滞在を喜んだ。伽今は修行僧だから読経や礼拝に多くの時間を使うが、仏教僧に とって生活雑用も重要な修行の一環である。その生活雑用の時は、伽今は綾丸と一緒に作業をするのが 楽しかった。伽今には男としての下心はなかったが、やはり寺男と一緒にする作業よりも、若い女と […]

29.  命と意思を持った水を探す者2

 珠実(たまみ)は川原で洗濯をしていた。そこは岡山県苫田郡鏡野村にある奥津川の上流で、 大きな滝のほとりのこの川原で6才の妹・瀬名(せな)のもりをしながら家族の洗濯をするのが 11才になる長女、珠実の役目だった。洗濯は毎日ではなかったが、二日間降った雨のために できていなかった三日分の洗濯物を抱えて川原に来ていた。雨のせいで水が増え、滝にはいつも よりも大量の水が轟音と共に落ちていた。  一通り洗濯を終えた珠実が瀬名と遊んでいると、滝の水音に混ざって人の悲鳴が聞こえた。 二人が滝の方を振り向くが早いか、二人の人間が滝から飛び出し大きな音を立ててが滝つぼに落ちた。 落ちた者の一人が直ぐに水面に頭を出し、もう一人の襟を掴んで泳ぎ川原に上がった。引き揚げ られた方は息を切らしてむせ込んでいたが、引き揚げた方は髪の水を絞り落としながら平然と歩いて 川原に座った。 「鬼灯(ほおずき)ねえね」、 珠実が叫んだ。 「姉ちゃんはいっつもこの滝から帰ってきよるけどええ加減にせんと怪我するけんね」、 そう言った珠実の横で、瀬名がぽつんと言った、 「誰?」 川原に転がって水を吐き出しながら咳き込んでいるもう一人に瀬名が近寄ろうとすると、鬼灯は大声 を出した、 「そいつに触っちゃいけんよ、珠実、寛蔵(かんぞう)さんを探して千厳寺(せんげじ)に連れて きて、水に当たったもんがおるっちゅうて。」 「水に当たったってなんよ」、 と尋ねる珠実に、 「ええけん早うせえ、水に当たったって言わなあかんよ」、 と鬼灯は厳しい表情で怒鳴った。 戸惑いながらも走り出した珠実を見て、瀬名はその後を追おうと洗濯物の入った負籠(おいこ)を 担ごうとして川原にひっくり返った。  瀬名には見向きもせず、寝そべって大きく息をしているもう一人の襟を掴んで立たせた鬼灯は、 千厳寺に向かってその者を急き立てた。その者は綾丸、左腕の肘から先がどす黒く変色していた。 鬼灯は綾丸の右腕を掴んで支えながら言った、 「左手で人に触っちゃいけんよ。」  綾丸は1日前、左手で暗水を掴んだ。意思と命を持つ水、暗水。普通はこれに触れてもただの水と 同じで何の悪影響も生じないが、綾丸は紫法印(しぼういん)の念を込めて竜の形をした暗水の尾を 掴んだのだ。紫法印は暗水を御する秘伝の一つだが、綾丸の念はまだ未熟で暗水を御する力はなく、 その中途半端な念が暗水の力と反発し綾丸の腕に入った結果、腕の壊死を起こしそうになった。 それでもしばらくの間は暗水を掴み続け、地中と地表の水脈を引きずり回された挙句、放り出されて 岩山に倒れていたところを鬼灯に担がれて連れてこられたのだった。しかし、鬼灯が何としようとして いるのか、綾丸には全くわかっていなかった。ただ、腕を失いたくなければ黙って従えと言われていた。 「離れを借りるで」、 綾丸を担いだ鬼灯はそう叫びながら、千厳寺の参道を通り本堂を迂回して別院に入った。 千厳寺は鏡野村にある日蓮宗の寺で、住職は蓮伽(れんが)という尼であった。この辺りでは住職を お上人(しょうにん)と呼ぶ。 「お上人はおってか」、 大声で叫びながら鬼灯は別院の板の間に上がり、日蓮上人像の前に綾丸を横たえた。 「どうしたんなら、またお前か鬼灯」、 そう言って現れたのはこの寺の僧、伽今(がこん)だった。 「今度は何を持って帰ったんじゃ、鬼の死骸か」、そう言って茶化し笑いをする伽今に鬼灯は怒鳴り つけた、 「くそ坊主がへらへらしちょらんで寛蔵さんを探して来い、こいつの腕が腐りそうなんじゃ」。 「なんじゃ、どげんしたんじゃ、女か」、 そう言って覗き込む伽今の頭に平手打ちを食わし、胸ぐらを掴んで鬼灯は言い含めた、 「うちは家に帰ってとってくるもんがあるけえお前は寛蔵さんを探して連れてきてくれ、さっさと せえ」。  鬼灯に突き飛ばされた伽今は転がるように別院を走り出た。 伽今と入れ違いに部屋に上がってきた瀬名に綾丸のそばにいるよう頼んだ鬼灯は、 「とにかくそいつの黒いとこに触るな、うちは飴草(あめくさ)を取りに行ったと寛蔵さんが来たら 言うてくれ、ええな」、 […]

28. 思い出を変える老女2

 舞花(まいか)はバスケットボール部の友達と、兄・頼途(らいと)とそのラグビー部仲間と、 総勢9人で岡山県倉敷市に旅行に来ていた。旅館では男子の部屋に集まって、深夜までトランプで遊ん でいた。  舞花はトイレに行く途中に廊下で出くわしたおじいさんの言葉、外を気にしておけ、が気に なっていた。外は変わらずの大雨で、雨音以外ほとんど何も聞こえなかったが、午前1時を過ぎた あたりからサイレンのような音が微かに聞こえた。それを聞いて気にし始めたのは外に注意を払って いる舞花だけで、他のみんなはトランプに夢中だった。スマートフォンで倉敷市の天候を検索すると、 大雨洪水警報と共に、避難勧告の発せられた地域の地名が箇条書きにされていた。その中に、この 旅館の住所、倉敷市真備町もあることに気付いた舞花は、部屋を出て旅館の事務所に様子を聴こうと 事務所に行って見たが、誰もいなかった。他にも不安そうな顔をして事務所に来ている客が数人 いたが、旅館の従業員は誰もいない様子だった。従業員が定時で帰宅してしまったようだ。  自分の部屋に向かった舞花の後ろから、さっきのおじいさんの声が掛かった。部屋に戻ってみんな で手を繋げ、しっかりと両手を繋いで放すな、と。外で鳴っているサイレンのような音、大雨、スマ ートフォンのニュースで見た洪水警報が舞花の脳裏をかすめ、濁流がこの旅館を押し流し、みんなが ばらばらになって水に飲みこまれる光景が目に浮かんだ。  舞花は部屋に駆け込んだ。みんなからトランプを取り上げて叫んだ、洪水が来るからみんなで手を 繋いで放したらあかんよ、と。急にどうしたん舞花ちゃん、洪水がなんじゃって、とみんなは笑いなが ら床に座ったり寝転がったりして動かなかった。今から洪水が来るんじゃけん、早う手を繋いで、 早う、舞花は大声で言いながらみんなの手を取って繋がせた。みんな半信半疑だが、舞花のただならぬ 表情に圧倒されて、手を取り合って円陣を組んで座った格好になった。舞花はまだ円陣に入らず、窓 の障子を開けてガラス越しに外の様子を見ていると、バキバキという音が廊下から鳴り響いた。舞花も こっちに来い、頼途が叫んだそのとき、濁流が窓を押し破って部屋の中に流れ込んできた。  洪水と共に押し寄せた濁流によって、旅館の建物が倒壊して川に飲み込まれた。部屋の天井や壁が ばらばらになって濁流に押し流される中、手を繋いでいた8人は名前を呼び合ってお互いの無事を確認し ていた。しかし舞花はそこにいなかった。夜の暗闇で大粒の雨に打たれながら8人は必死に支え合って 立ち泳ぎをしていた。息継ぎも苦しい中で8人は舞花の名前を呼び続けたが、返事はなかった。  舞花は暗闇の濁流の中で一人何かに掴まっていた。手触りからどうやら発泡スチロールの箱で、 掴まっていれば水に浮いているのは難しくなかった。しばらく流されて息が落ち着いたときに、舞花は 大声を上げて頼途や友達の名前を呼んだが、誰からも返事はなかった。水に流されながら落ち着いて 周囲を見ると、真っ暗ではなく、小さな明かりが所々にあった。否応なく口に入る水の味が塩辛くない ことから、ここは海ではなくまだ川で、周囲の光は川沿いの家なんだと考えた。ほとんど何も見えない ほど暗い水の中で、ときどき材木や瓦礫が体をかすめた。すると建物のような大きな何かに行きつい た。瓦がのっていることから、屋根のようだった。舞花は発泡スチロールを離さないようにその屋根に 取り付き、水から上がることができた。雨は少し小降りになっていた。水流によって揺れる屋根の棟 まで上がって、周囲を見渡したが小さな明かり以外は何も見えなかった。気持ちが落ち着いてきた ところで、左足に痛みがあることに気付いた。ジャージのズボンをまくり上げて膝を見ると、切り傷が あったが出血はひどくなかった。他に怪我はしていないか、落ち着いて体の痛みを探してみたが、左膝 以外には怪我はないようだった。改めて頼途や友達の名前を力一杯呼んだが、返事はなかった。  時々みんなの名前を呼びながら、屋根の上でどれくらい時間が経ったかわからなかった。薄白く なってきた空を見上げた舞花には、いくつかの光景が目に浮かんだ。濁流が部屋に飛び込んできたとき に崩れた天井の下敷きになった友達の姿、濁流に押し流されながら瓦礫の直撃を受けたマネージャーの 姿、そしてなぜか酷い怪我をした自分を抱えて泳ぐ兄・頼途の姿が見えた。頼途は自分を抱えて暗闇を 泳ぎ、自分を転覆したボートの上に押し上げているときに瓦礫に巻き込まれてさらに流されていった。 なぜそんな起こってもいない光景が目に浮かぶのか、舞花にはわからなかった。自分とは別れてしま ったみんながどうなっているかまだ知りようもないし、少なくとも自分が大怪我をして頼途に抱え られて泳いだことはなく、頼途が瓦礫に巻き込まれたのを見てもいないのだから。  薄明るくなってきて周囲が見え始めた。意外と近くに岸があった。遠くからヘリコプターの音が 聞こえてきた。兄や友達の名前を呼んでいると、おーい誰かおるんか、という声が聞こえてきた。舞花 は大声で返事をした。  雨はほとんど上がり、周囲はすっかり明るくなった。舞花を囲む濁った川はゆるやかに流れていたが 激流というものではなくなっていた。真備町消防団と書かれた服を着た2名の人が、ゴムボートに乗って 舞花の座っていた屋根にやってきた。この屋根から岸までは50mほどだった。舞花は消防団員に補助 されてゴムボートに乗り込み、ゴムボートはロープで引かれて岸へと近づいて行った。無事に岸に上げ られ大きなタオルを掛けてもらった舞花は、すぐさま消防団員に頼途と友達のことを尋ねた。  舞花ぁ、遠い呼び声に振り向くと、そこには頼途とマネージャーがいた。自分の指を舐めていた […]

27. 思い出を変える老女1

 服部舞花(はっとり まいか)は岡山県井原市芳井町の凰寿寺(おうじゅじ)を訪れていた。 化粧品を販売する会社に勤める22歳の女性だ。今年、平成31年春に大学を卒業して就職し、 岡山市に勤務することになった。  舞花は凰寿寺の伝説に興味があった。凰寿寺にはセミという名の老婆がいて、悲しい過去を 持つ者はセミに会って話せばその過去を変えられる、という伝説である。それは、舞花には変え られるものなら変えたい過去があるからだ。  古くて朽ちそうに見える鳥居をくぐり、参道を歩いて本堂に向かった。石造りでかなりでこ ぼこの酷い参道の左端を歩きながら周囲を見ると、他に誰も参拝している様子はなかったが、箒で 地面を掃く音が聞こえて次第に大きくなったと思うと、狛犬の陰からタオルを頭に巻いた年配の 女性が姿を現した。  挨拶をして、この寺の人かと舞花は尋ねた。近所に住んでいて時々掃除に来るんじゃ、と答え ながら顔を上げたその女性は、舞花の親ほどの年に見え、お婆さんとは言えなかった。岡山市 から来たことなど短い会話をしてその女性とすれ違い、狛犬の間を通って本堂に近づいた。合掌 して礼拝した舞花は、足元に犬がいることに気付いた。  白い毛並みのきれいな犬で、首輪がついていたが紐はついていなかった。舞花は膝を落として その犬の頭を撫でながら、犬好きだった兄のことを話し始めた。すると犬の横に、年配の男性、 おじいさんと言ってもよさそうな年恰好の人が微かに笑んで立っていることに気付いた。  平成23年の夏休み、舞花は3歳年上の兄、頼途(らいと)と一緒に岡山県倉敷市に遊びに来て いた。舞花と頼途はとても仲が良く、お互いの友人と一緒に遊びに行くこともよくあった。この夏 休みは、舞花の中学校の友人3人と頼途の高校の友人4人を伴って倉敷への一泊旅行をしたの だった。  舞花の友達は同じバスケットボール部の女子で、いつも一緒にいる仲良しグループだ。普段 は休日もバスケットボールの練習や試合で塞がることが多く、この夏休みも連続した休日は合宿 明けの3日間だけだった。夏休み中の部活の日程が決まった時に、舞花の仲良しグループは話し 合い、3日の休みにどこかへ旅行に行こうと考えた。そのために、夏休みの宿題は普段から少しずつ 必ずやっておこうと、宿題のためにこの3日間の休みを費やしないで済むようにしかりとやって おこうと約束をした。舞花たちは夏休みに入るとすぐに集まり、宿題遂行作戦を立てた。宿題を する毎日の計画を細かく立て、部活の練習で集まる度にお互いにその進み具合をチェックすると いうわけだ。  頼途の友達は同じラグビー部の部員だった。一人はマネージャーの女子で、他の3人は選手の 男子だった。マネージャーは頼途の幼馴染で頼途と仲良しだった。二人は付き合っているという 意識はなく、小さい頃からの仲良しで一緒に遊びに行くことがあるという間柄だったが、他人から は二人は付き合っていると見えていた。3人の男子は頼途と仲良しだったが、このマネージャーに 近づきたいという思いもあった。この夏休みにラグビー部の練習休みが舞花のバスケット部の練習 休みと重なり、舞花の仲良しグループと頼途とマネージャーが一緒に旅行に行こうという話になった 時に、この3人の男子が加わることを望んだ。  マネージャーは優等生で、夏休みの課題も日々確実にこなしていくタイプだ。旅行に行くなら宿題 を日々しっかりとやっておく、そしてそれを事前に細かく計画してお互いにチェックし合う、これを 舞花にアドバイスしたのはこのマネージャーだった。頼途も3人の男子友達もそういう緻密な計画性 はなく、夏休みの最後近くになって徹夜して課題をやってしまうようなタイプだったから、特に課題 を事前にやっておくような準備はしていなかった。  舞花の仲良しグループにとって頼途とその男友達は憧れに近かった。スポーツと勉強に秀出 た年上の男性、そういう存在だった。だから、舞花の仲良しグループにとって頼途や頼途の男子 友達と一緒に行く旅行はとても楽しみで、そのために立てた宿題の計画もまた楽しいものだった。 舞花と仲良しグループにとって、倉敷旅行までの日々はとても楽しくて充実していた。  舞花と頼途を含む9人は山陽本線の各駅停車で倉敷駅に着いた。旅行2日間の天気予報は雨で、 倉敷駅に着いた時は小雨だった。空は厚い雲に覆われて薄暗かったが、9人は晴天の空を飛び回る 雲雀のように車内からはしゃぎ通しだった。  初日はアイビースクエアや美観地区を歩き回った。一緒に歩くことが楽しく、一緒に食べる物が 何でもおいしくて楽しくて仕方がなかった。倉敷市内は小雨だったが、倉敷市内を流れる高梁川 の上流にあたる高梁市や真庭市では夜明けから大雨で、高梁川の水位はどんどん上昇していた。 夕方になると倉敷市内の雨も激しくなってきた。気象庁から大雨雷雨洪水注意報が出ていたが、 9人は気にも掛けず合羽を着て町中を歩き、はしゃいでいた。なまこ壁と呼ばれる漆喰で作られた 土塀のモザイク模様の一つ一つが、舞花たちにとっては楽しい話題になった。  日が暮れて土砂降りとなったころ、9人は予約してあった旅館に入った。旅館は、倉敷駅から […]

26. 妖花を悪用する者2

 古くて参拝する人のいない祠(ほこら)の中で、あぐらを組んで瞑想している者がいた。修験者 の服装をしたその男は目を閉じていたが、鉄砲隊の行列を空から見下ろす風景が見えていた。その男 はカラスの目を通して、岡山藩鉄砲方頭・小野沢完武(おのざわ かんむ)を見張っていた。  男の名は素呂門(そろもん)、動物を操り、離れたところにいて動物の感覚を自身が感じ取る ことのできる術、琥韻の術(こいんのじゅつ)を使うことができる。素呂門は琥韻の術を掛けた一羽の カラスを完武の周囲に付け、その動きを見張らせていた。  素呂門は風者(かざもの)である。つまり、情報を集めて売ることで生きているいわばフリーラ ンスのスパイだ。風者は特定の主を持たず、依頼によってあらゆる裏情報の調査・収集を請け負う。 あるいは、時勢を読み特別な情報を集めたうえで、敵対する複数勢力に測って高値を付ける側に売る こともある。特定の主を持たないことで、時の勢力の趨勢に合わせて自身の加担先を決めて生き残る ことができる。風者の情報によって敗北を喫したり劣勢に立たされたりした側から恨みを買うことは 多い。それゆえに、風者はその存在をあからさまにせず、情報の買主や依頼者の前にさえ姿を曝すこと はほとんどない。情報の買主がいつ敵対する関係になるかわからないからだ。  風者は顧客と情報を求めて諸国を放浪している。一か所に留まれば正体を知られる可能性が高まる からだ。風者は全国各地に幾人もいるがお互いにほとんど交流を持たない。風者に統一された組織や 人脈や掟があるわけではないが、風者の間で顧客の奪い合いをしないのが暗黙の了解だ。とは言え、 異なる依頼者からの要望で同じ情報を求めて偶然に風者同士が対峙することはある。そういう場合の お互いの依頼者は敵対関係にあることが多いので、風者同士の情報争奪戦はお互いの秘術の応酬にな り、戦闘になることもある。  素呂門は旅をする中で、豊臣家の五大老・宇喜多秀家(うきた ひでいえ)が治める岡山藩に内紛 の気配があることを嗅ぎ取り、岡山藩城下に潜入して様子を探っていた。特定のあてがなく広く様子を 窺うときに、素呂門はまず不穏な気配を持った人を探す。不穏な気配とは、後ろめたい感情や殺意を抱 いている場合に発せられることが多い。いくら平静を装っていても、人の行動や体の状態には微かな 不自然さが出る。つまりそういう者は、何らかの事件や索敵行動に関っている可能性が高く、素呂門の 商売相手になり得るということだ。  不穏な気配を持った人を探すとき、素呂門は犬とカラスを用いる。犬とカラスは知能が高く、人間の 色々な気持ちを察知する能力に長けているからだ。琥韻の術を掛けた犬とカラスを岡山藩城下に放ち、 町中をひたすら歩き回らせて、不穏な気配を持った人を探す。そしてその者に近づき、その行動や言動 を犬とカラスの感覚を通して観察するのだ。  素呂門は、琥韻の術を掛けた犬とカラスを2匹ずつ岡山城下に放っていた。術を掛けた動物の目と耳 を通じて観察と聴取をするときは、素呂門自身は建物の中や草むらに身を潜め、目を閉じ耳を澄まし、 意識を動物の感覚に集中した。そういう偵察を数日続けた結果、犬の一匹が怪しい男を察知し、後をつ けたところ身なりの良い武士に辿りついた。犬の耳を通じて聞いたその武士のの話し声から、桜を探 していることが分かったが、たかが桜をなぜ人を使ってまで探しているのかはわからなかった。とは 言え、武家が秘密裏に探す桜には何かの事情があるはずと考え、犬とカラスを一匹ずつその武士に付 け、そこに集中した。その武士が完武であること、そして完武が会っている複数の男や女たちが完武 の子飼いの密偵であることは直ぐにわかった。完武の身分が藩鉄砲方の頭という高い地位であること桜 から、この探しにはただならぬ背景がある、素呂門はその見込みに自信を得た。  完武は用心深い男だ。石桜を探させている密偵との会話でも、石桜という言葉は滅多に使わず例の 物やあれといった代名詞でしか表現しなかった。またその目的については密偵にさえも一切気取られな いようにしていた。数日に掛けて完武や密偵に犬やカラスを張り付けていた素呂門にも、桜の意味と 完武の目的は見えてこなかった。  そんなある日、完武に付けた犬が臨済宗亀恒院(きっこういん)の床下に入り込み、住職の尊知 (そんち)と完武が話す声によって桜探しの目的を察した。完武が述べた言葉、白い彼岸花。実物の 彼岸花は赤い、鮮やかな赤色である。曼珠沙華とも呼ばれる彼岸花は三途の川のほとり、つまりあの世 とこの世の境目にも咲くと言われている。そしてこの花を三途の川の向こう岸、すなわちあの世側から 見ると白く見えるとも言われている。白い彼岸花を届けたい、これは誰かを亡き者にすることを示して いるに違いない。つまり完武は誰かを暗殺する計画を立てている、素呂門はそう確信した。そして、 完武がこれほど慎重にその暗殺計画を立てる相手とは、かなりの大物であるはずだ。完武自信と同等 以上の地位にあって、完武の主君、宇喜多秀家に刃向う一派と言えば、国家老・堀之内幸嗣(ほりの うち ゆきつぐ)、あるいはそれに連なる者どもに違いない。あるいは、岡山藩内ではなく、宇喜多 秀家と覇権を争う他の五大老の一人、徳川家康の重鎮か。素呂門はそう読んだ。  それにしても、完武の探す桜の意味が素呂門にはわからなかった。暗殺を目論む者がなぜ桜を探して いるのか。桜とは何かの名前なのか暗号なのか、あるいは暗殺計画と桜とは関係がないのか。  素呂門は、カラスを使って完武本人と接触し、探し物について探りを入れた。完武は用心深く、ヒン […]

25. 妖花を悪用する者1

 この世のものとは思えない美しい花があり、その花は核に桃色の石を付けている。その花を見た 者は極楽浄土に行ける。岡山藩にはそういう言い伝えがあった。その花は石桜と呼ばれ、1500年台末 には石桜を探し回る者が多く現れた。花が好きで興味を魅かれる者、自身の極楽往生を願う者、石桜 を売って金を得ようとする者など、石桜を探す目的は様々であった。その中に、敵を滅ぼすために 石桜を利用しようとする者がいた。岡山藩鉄砲方頭(てっぽうがた かしら)、小野沢完武(おの ざわ かんむ)である。  石桜で敵を滅ぼすとは。石桜を見た者はこの上ない幸せを感じ、無欲になり、飲食さえもしなく なって笑顔で衰弱死した。そういう者が多発してからは、石桜の美しさと共に石桜探すべからずと 言い伝えられた。完武の立てた策略とは、その石桜の力を敵の暗殺に利用するということである。 その敵とは、主君、宇喜多秀家の失脚を企む岡山藩国家老、堀之内幸嗣(ほりのうち ゆきつぐ) である。  完武は思惑の露見を防ぐために、鉄砲方の配下を含めて他の一切の岡山藩士とは敢えて石桜の ことを話題に出すのを避けた。普段の完武は、そういう得体の知れない伝聞には興味を示さないと いう態度を示しており、周囲には堅物と思われていた。  石桜の調査には、完武が密かに集めて密偵としている山賊や浪人を用いた。密偵にさえも、暗殺 という目的は告げていなかった。完武が密偵に集めさせた情報では、石桜のある場所を知る者はいな い、石桜を見てその後生き長らえた者は見つからず、見た者は皆短い期間で死亡したという伝聞だけ だった。石桜の花に毒があって花の汁を国家老に飲ませなければならないとしたら、単なる毒を使う ことと変わりなく、石桜を利用する意味はない。その美しさに魅かれて花を愛でるだけで死に至る こと、それが石桜の利用価値だ。密偵による情報では、見ただけで死に至ったか否かは断定できなかっ た。ただ、普通は美しい花を見つけてもそれを食べるというのは考え難い。石桜を見た者が全て短い間 に死亡しているというならば、やはり噂通り見ただけで死に至ったと考える方が自然だろう、あるいは 石桜を見た者は皆それを口に入れたくなるということならば、石桜を見ることで自ら起こす行動によっ て死に至るのでそれでいい、それが完武の見立てであった。  国家老に石桜を見せるには、石桜のあるところまで国家老を連れ出すか、石桜を採取して国家老 のもとに届けるか。石桜を探し出す、あるいは石桜を取ってくる、いずれにしてもそれらを実行する 者自身が石桜の影響を受けず正気を保ったままで任務を遂行するにはどうすべきか、完武には見当が つかなかった。とは言え、明らかな斬殺や毒殺をすれば真っ先に疑われるのは宇喜多家直系の自分達で あることから、やはりこの不思議な石桜の力を偶然のように利用したいと完武は考えた。  まずはその所在を確かめなければ始まらないが、石桜のことを調べた密偵達に対して石桜を探せ と命じても聴くはずもない。  完武は岡谷藩城下の臨済宗亀恒院(きっこういん)にいた。考えに詰まった時、完武はここを訪れ て座禅を組む。座禅によって心を落ち着かせ、住職の尊知(そんち)と話すことで、それまでと違う 発想に至ったことが何度もあった。その慎重な性格から、暗殺の計略を尊知にさえ語ってはいなかった 完武だが、ここにきて行き詰ったからには何か発想のきっかけを得ようと座禅に訪れたのだ。完武は いつものように何も言わず、座禅を組んだ。しばらくして尊知は警策(けいさく)で完武の両肩を 打った。完武は黙想したまま静かな口調で、自分は見ず手も触れず所在も知らず、物を探して恩人に届 けるにはどうすれば良いものか、と呟いた。何を探すのかと尊知は言った。白い彼岸花よと完武は 言った。あの世に咲く花を探すならあの世にいる者に頼め、尊知はそう言って警策で完武の肩を 討った。  完武は藩の鉄砲隊24隊のうちの10隊、130名を率いて吉備津が原に演習に来ていた。実戦 と同じ鶴翼の陣形を取り、吹き流しを括り付けて放った犬を敵と準えて射撃訓練をする。犬を撃たず、 吹き流しを撃ち飛ばすことで、動く相手に対する射撃の訓練をするものだ。火縄銃の轟音が響き渡る 吉備津が原の上空を、一羽のカラスが飛び回った。珍しくもないカラスだが、射撃訓練では大抵の 場合、その轟音によって周囲の動物は逃散して姿がない。鳥は特に音に敏感で、数発の銃声によって 飛び去ってしまう。しかしそのカラスは、激しい轟音の中、悠々と上空を旋回していた。その姿が 完武の印象に残った。  何を探しているのか、深夜の自室で正座し行燈(あんどん)の明かりで書を読む完武に語りかける 微かな声がした。探し物があるのか、耳を澄まして周囲の気配を窺う完武に再び微かな声が聞こえた が、その声には聞き覚えもなく、声の主の居所に見当がつかなかった。障子に映った影が動いた。脇差 を左手にとって障子を開け廊下に出ると、満月を背負った鳥が塀の上にとまっていた。真っ黒い姿、 カラスであった。小さく首を振りながら、そのカラスは塀の上を歩いた。庭に人影はなかった。部屋に 戻ろうとした完武の背中に声がした、探し物は妖しいのかと。何者だ、完武はカラスの方に向かって 静かに言った。脇差の柄に仕込んだ手裏剣に右手を廻した瞬間、カラスは月に向かって飛び去った。 そのあと暫く廊下にいた完武には、何の気配も感じられなかった。 […]

8.老女は古寺を守ってきた

 過去に悲しい経験を持つ者が凰寿寺を訪れると出くわす老女、セミ。そのセミに悲しい過去を語った 者は過去をやり直し、後悔を絶ち、汚名をすすいだ。セミに頼めば過去を変えることができる、そうい う伝わり方もあった。  凰寿寺には一体の獅子像が置かれている。通常神社仏閣の入り口を守る獅子や狛犬は口を開いた 阿形(あぎょう)と口をつぐんだ吽形(うんぎょう)との二体一対であるが、凰寿寺では吽形(うん ぎょう)のみがいる。その昔は二体あったがある出来事を境に一体となった。この一体の獅子がセミ であるという言い伝えは昔からあった。それは、セミと会って過去に戻り我に返った者は皆、獅子像の 前にいたからである。  寺院の入り口にいる獅子は寺院を守護していると思われているが、実は守護しているのは寺院ではない。獅子は寺院の周囲に群がる魑魅魍魎から参拝者を守っているのである。悲しみや後悔によって 傷ついた心を持つ者が参拝に来ると、本尊に近づくに従ってその心はさらに裸になり弱くなっていく。 それは仏に頼ろうとする気落ちがあらわになっていくからである。寺院の周りをうろつく魑魅魍魎は その心の隙に付け込んで、参拝者を悪鬼へと変容させることがあるのである。それを防ぐために、獅子 は寺院の入り口にいて、魑魅魍魎が目を付けるよりも先に、悲しみや後悔に傷ついた参拝者の心を癒し ていたのである。  この獅子は、寺院の本尊が遣わした使者であり、本尊周囲の一定の領域にしか居ることができない。 過去に悲しい経験を持つ者が凰寿寺に近づくにつれ獅子に近づき、その者には獅子が老婆に見えるので ある。老婆は、人が最も気を許し心を開く存在なのであろう。そしてその老婆に、まるで子供のように 悲しみや後悔の念を語るのである。老婆、いや獅子は、その者を過去に引き連れ、過去をやり直す機会 を与え、そして元の時間に連れ戻った。  セミを探せ。1187年に安徳天皇の詔(みことのり)をもって凰寿寺に現れたのは平知盛であった。  知盛はセミにまつわる伝承を調べ上げ、セミは凰寿寺の獅子像であると確信していた。知盛は付近の 農民に金を渡し、この獅子像を凰寿寺から運び出して自身の仮陣屋に移設させようとした。つまり、 凰寿寺本尊の領域から外へ持ち出してしまったのである。獅子の力が発揮されなくなったその瞬間を、 魑魅魍魎は見逃さなかった。  魑魅魍魎の中の一体が知盛に入った。知盛は変貌した。壇ノ浦の合戦で失われた左肘から先に黒い 腕が生え、額からは黒い角が突出し、その両眼は青い光を発した。悪鬼と化した知盛は獅子に跨って たてがみを掴み、火炎を吐きながら獅子を駆り立てた。石の獅子に乗った知盛は、もはや己の使命、 安徳天皇の下命を忘れ去っていた。そう、セミの力を借りて過去に戻り、義経軍を破って京を奪還 せよという勅命である。

7.創建2520年のお寺

 2019年において創建2521年を迎えると言われる寺院があり、その周辺には奇怪な話が伝わって いる。その寺院に参拝すると老女に出くわし、その老女と会話すると昔に遡ってやりなおせるという のである。そういう老女との遭遇が果てしなく昔から語り継がれている。  創建2521年とは、皇紀158年、西暦では紀元前502年にこの寺が建てられたということを意味 する。創建年は信頼性の高い資料に記述されているわけではない、その周辺の人々の口伝による ものであるが、人によって異なる数字が語られることはない。  その寺院とは、岡山県井原市芳井町の凰寿寺(おうじゅじ)である。平成に入ってこの寺に 住職はおらず、地元の人々によって辛うじて本堂と門が維持されているものである。  多くの者がこの寺の周りを歩く老女に会っている。その老女とは芳井町の住民ではない。 昔から芳井町一帯の住人にはその老女を見かけたり、その老女と話をしたことがあるという者が後を 絶たなかった。それらの者は皆、口を揃えて凰寿寺周辺以外では見かけたことはない、この辺りの 住人ではないと言った。世代に依らず、これはずっと昔から語り伝えられていることである。その 芳井町一帯の住人でないというが、その容貌をはっきりと覚えている人はいなかった。容貌や声となる と、何も思い出せないというのである。ただ、人によってはその老女は名乗ったと言った。 名を尋ねると、セミと名乗ったというのである。  その老女に会った人はみな、自らの悲しい経験を話し込んだ。いや、悲しい経験を心に刻んだ者 の前にこそセミが現れたのである。セミに出くわした者はまるでそのために老女を訪ねたがごとく、 その悲しい経験を話した。全てをなぞるように語った。時間を忘れて話しに没頭し、そして、今なら こうしたああしたと、ああはしなかったこうはしなかったと、その昔のできごとの後悔と悲しみを語り 尽くした。それを語り終え我に返ると、老女の姿はなく、凰寿寺の門の前に一人立つ自身の姿に気付い たのであった。そしてその者は二度と、セミに出会うことはなかった。いや、出会う必要がなくなった というべきか。自身が持っていた悲しい経験と重なって、過去に戻って過去をやり直し後悔のない現在 に至っている姿が頭に噴出してきた。それと共に、老女に会って人生をやり直したという意識は鮮やか に残り、それを人に伝えそれが語り継がれた。こうして積み重ねられた伝承に伴って寺の創建年も数え られてきたからこそ、数字があいまいになることがなかったのである。  セミを探せ、2500年余りの凰寿寺の歴史の中で、権力者からその指令が下されたことは何度も あった。多くの伝承は他愛もない戯言とされて現実視されないものだが、苦境に立ち苦難の渦中に あってその解決に手段を択ばない精力を持った者は、言い伝えさえ利用し使いこなそうとするので ある。  セミを探せ、1187年の初頭に安徳天皇の勅諭を携えて、凰寿寺住職・宣明上人(せんみょうしょ うにん)のもとを、共もなくただ一人で訪ねた侍がいた。左肘から先がなく朽ちかけた粗末な身なりで あったが、深い刀傷痕の奥で鋭く光る眼光を湛えたその男は、全身からその炎のような生気をみなぎら せていた。  平知盛(たいらのとももり)と名乗った。その名は、平清盛(たいらのきよもり)の四男、壇ノ浦の 合戦で源義経(みなもとのよしつね)と戦って闘死したはずの武将であった。