22. 見えないものを触らせる紙

 高知藩球磨由良村(くまゆらむら)で紙漉きを営む長我部平衛門(おさかべ へいえもん)だけが 作れる格別の紙、他に類を見ない薄さ、ほんのりと光を放つ高貴な色合い、しなやかさ、そして丈夫 さをもつ紙の中の紙、朝霧。この朝霧に勝るとも劣らない紙を平衛門の息子、篤逸(とくいち) が初めて作った。長我部家に仕える職人たちは、篤逸が作った紙を見て驚き、そして褒め称えた。  5日前、宙を飛び目には見えない白い鯉のような物体に朝霧を通して触れてからは、篤逸の右手 の感覚が変わった。触れる物の気持ちがわかるようになった。自分の作った紙を右手で触ると、紙が きしむような声を上げているのがわかった。  篤逸は、改めて自分の和紙作りを考え直した。和紙の原料である楮(こうぞ)を湯で煮て樫の棒で 叩き、また煮ては叩くことを繰り返して繊維を細かく砕いていった。これは通常の作業だが、砕いた 繊維を右手で触ると、まだ砕きが不十分で目が粗くてムラがあるという楮の気持ちがわかった。篤逸 は棒で叩いた後に指先で入念に磨り潰す作業を繰り返し、楮の気持ちを確かめながら、楮がもういい というまで丸1日掛けて入念に漉きの前の楮液を作った。そして楮液を漉き板に乗せて紙漉きをする ときも、一度に乗せる量が多くて余計なダマができているという漉き板の声を聴きながら、何度も やり直した。ついに納得のいく生紙(なまがみ)を作りあげ、陰干しすること3日、仕上がった紙は 平衛門の朝霧に勝るとも劣らない、気品に満ちた紙であった。干場の紙を見た職人は、これが篤逸の 作であることを最初は信じなかったほどの出来栄えであった。程なく現れた平衛門も、篤逸の紙を 見て大いに満足そうに笑った。  ついに篤逸が朝霧を作った、作業場のこの興奮が冷めた後、篤逸は自身が作った紙、父に朝霧と 銘打つことを許された和紙を持って作業場の裏に出た。人目がないことを確かめて、自作の朝霧を 透かして空を見た。しばらくすると、白い鯉が現れた。篤逸が自身の作った紙を透して白い鯉が 見えたのは初めてであった。空を泳ぎ回る白い鯉に向けて紙越しに篤逸は、自分の腕で朝霧を作る ことができた、父の朝霧に引けを取らないと父に褒めてもらえた、と語った。白い鯉は篤逸の間近に 迫ることなく、空へと消えた。  平衛門作の朝霧は、そのほとんどが高知藩籍写献納所(せきしゃけんのうしょ)に納められてい た。籍写献納所とは、藩の政治や財政の面で作られる書類、重要な書物、代々藩主や重鎮が残した書 画などを管理貯蔵している部署であり、藩の執務や行事において書画に用いられる紙の購入や出納 管理もまた同所の役目であった。籍写献納所が購入するのは長我部家の和紙だけではなく、藩内数か所 の紙漉き係が作る和紙が藩では公式に用いられていた。その中でも朝霧は平衛門にしか作れず数に限り があること、そしてその価値がわからないものに使わせるのは惜しいという考えから、朝霧を使えるの は藩主、筆頭家老、勘定奉行、そして書の藩指南役である籍写献納所頭取だけだった。  篤逸が朝霧に匹敵する和紙を作り始めてしばらく経ち、それが偶然ではなく安定していることを確 信した平衛門は、自分の作る従来の朝霧と共に篤逸の作る紙も朝霧として納品することに許しを求める ために、籍写献納所頭取、三角左馬介(みすみ さまのすけ)に篤逸を引き合わせる都合をつけた。高 知藩始まって以来の書の名手と呼ばれており、藩の指南役でもあり、祐筆の指導役でもある左馬介の目 にかなわなければ、篤逸の和紙を朝霧と呼ぶことはできないからだ。  左馬介は籍写献納所で長我部親子と対面し、差し出された篤逸作の紙を見ながら用件を聞いた。 左馬介はしばらくの間無言でその紙を手に取って感触を確かめながら見つめ、畳の上に戻し、部屋の外 に声を掛けて部下を呼んだ。ほどなく、書道具一式が持ち込まれた。左馬介は無言のまま墨を磨り、 大筆に墨を付けて篤逸作の和紙に一書皆心と書いた。書をそのままにして、左馬介は平衛門と色々な 世間話を交わし、時々篤逸に話題を向けたかと思うと、乾いた書を取り上げて縦に構えて見つめた。 しばらくの間、篤逸の作る紙を夕霧と名付け、朝霧とは区別して納品しろ、それが左馬介の下した結論 であった。朝霧とは認められないのか、朝霧には及ばないのか、そう尋ねようと身を乗り出した篤逸を 平衛門は制し、丁重に了解の意を口上した。  籍写献納所から長我部家に対する夕霧の注文は少なかった。自身の紙が朝霧に匹敵すると父に認め てもらった日までは、朝霧を目指した極薄手の紙以外に、長我部家の職人の一人として厚手のものや色 を入れた装飾紙なども作っていたが、三角左馬介に夕霧の銘を与えられてからの篤逸はひたすら夕霧 だけを作り続けた。なぜ朝霧と呼ばせてもらえないのか、どこが父の紙よりも劣るのか、その答えを求 めて夕霧作りに没頭した。その間、白い鯉を探して夕霧を空にかざすことがほとんどなくなっていた。  篤逸は夕暮れのもやの中を歩いていると女に出会った。服装と髪からその女は武家の娘のようで、 草むらに正座し文机に向かって小筆で一心に書き物をしていた。邪魔をしては悪いと思いながらも篤逸 は何となく興味を覚え、背後から静かに近づいた。その女は1枚書き上げたようで、筆を置いて何かを 探して文机の周りを見回していたが、見つからない様子であった。女は振り向いたが篤逸とは目を合わ せず、肩越しに篤逸の後方に視線を向けた。すると篤逸の背後から白い鯉が現れた。篤逸が朝霧や夕霧 を透かして空を見た時に見えるあの白い鯉だ。はやり目鼻もひれもなく、細長くてずん胴であるが、人 の背丈ほどの長さがあった。その女の周りを何周も飛び回った白い鯉は、まるで飼い主になついた犬の […]

21. 見えないものを見せる紙

 そこに存在しても人の目には見えないものは数多くある。  その一つ、空中を飛び回る細長い物体がある。それは無色透明で、通常は人の目には見えないが、 夜には発光して火の玉のようになることもある。この火の玉を偶然見た人が、これを霊魂と考えて 人魂(ひとだま)と呼んだ。  宙を飛ぶこの透明な物体を見ることができる者、いや見せることができる者がいた。長我部 平衛門(おさかべ へいえもん)といった。高知藩球磨由良村(くまゆらそん)の紙漉き(かみ すき)職人である。長我部家は高知藩で代々紙漉きを営み、武家ではない血筋でありながら藩主 から特別に名字と帯刀を許されていた。  長宗我部家の職人が作る紙の中でも、平衛門が作るものは際立って薄く優美であり、しなやか で丈夫であった。平衛門にしか作れないその紙は、他の紙と区別されて朝霧(あさぎり)と呼ば れた。平衛門の息子、篤逸(とくいち)も優れた紙漉き職人であったが、朝霧は作れなかった。篤逸 が作る紙と朝霧との違いを見定められる者は、長我部家の職人以外には藩内に数えるほどしかいな かったが、篤逸にとって自身の紙と朝霧との差は、まだ超えることができない大きな壁であった。  篤逸は毎日のように朝霧を両手に取って広げ、その極意を見極めようと様々に陽の光や蝋燭の 光を当てて観察していた。平衛門は自身の紙漉き技を隠すことなく職人にも篤逸にも見せていたが、 その極意を話して聞かせることはなく、あくまでもやって見せる日々であった。篤逸には父譲りの 才能があり、父の技を見て学び瞬く間に紙漉きの技術を習得して他の職人を凌ぎ、素人目には朝霧と 区別がつかないほどの紙を作れるようになった。しかしまだ隔たりがあることは、職人たちにとって 明らかであった。  ある日篤逸は、いつものように2尺四方(およそ60cm×60cm)の朝霧を両手で広げ空に透か して眺めていた。朝霧は薄いために、その向こうの景色がうっすらと見てとれる。すると、何か動く 物が見えた。鳥の飛ぶ影かと思った篤逸は朝霧を外して空を見たが、それらしき鳥は見当たらなかっ た。空に向かって朝霧をかざせば何かが前を通り過ぎ、朝霧を外せば景色以外に変わった物は何も見え ない、それを何度も繰り返した。そのうちに、朝霧を通して空を眺め、焦点を朝霧ではなくそのずっと 遠くの景色に置くと、次第に前を通り過ぎる物がはっきりと見えてきた。それは、細長く、まるで池の 中を元気に泳ぐ白い鯉のようであった。空中を泳ぐその鯉のようなものは、空のどこにいるのか、その 距離感は篤逸にはわからなかった。すぐそこのようでもあり、はるか高い空の上のようでもあった。 しばらくするとそれは遠ざかり、見えなくなった。  篤逸はその白い鯉のようなものが気になったが、本当にそんなものが見えたのか半信半疑であっ たために、そのことを誰にも話さなかった。それからというもの、篤逸は紙漉きの合間に朝霧を持って 外に出て、空にかざした。これまではひたすら朝霧の極意を見極めるために空にかざした朝霧を観察し ていたが、いつしか空の白い鯉を探すことの方が多くなった。自分の作った紙を透かしてその白い鯉 が見えたことはなく、朝霧を透かしたときにだけその白い鯉を見ることができた。晴れた日も雨の日 も、日中でも夜間でも、見えるときには見えた。何度も白い鯉を見た篤逸は、徐々に自分の見間違いで はないことの自信を得たが、やはり他人にそのことを話す気にならなかった。平衛門作の朝霧を透かし て空を見上げるなど自分しかしていないことだから、白い鯉が何者かはっきりするまでは自分だけの 胸にしまっておこう、篤逸はそう考えた。  もはや日課のように空の白い鯉を観察していたある日の朝、その白い鯉は篤逸の方に向かって一直 線に近づき、紙越しに眼前まで迫って止まった。まさしく紙一重で白い鯉と篤逸は接していたが、 篤逸が朝霧を外して見るとそこには何もなく、朝霧越しに見ながら向こうに手を回してもそこには何も なかった。朝霧を挟んで眼前にいる白い鯉は、長さが6尺(約180cm)程度、幅が2尺ほどの大きさ に感じられた。それまで篤逸には白い鯉のように見えていたが、間近で見れば頭もヒレもないずん胴、 長く伸ばした巨大なもちの如くであった。お前は何者かと篤逸は声を出して尋ねたが、反応はなかっ た。ほどなく白い鯉は空中に飛び去った。  ある夜、篤逸がいつものように朝霧を透かして見ていると、再び白い鯉が眼前に迫った。そのとき に篤逸は初めて朝霧越しに手で白い鯉に触れようとした。すると、差し出した右手は朝霧をすり抜け、 朝霧の向こうに見える白い鯉に届いた。それは、篤逸にとって初めて感じる感覚だった。魚やもちの ようなはっきりとした物の存在感があるのではなく、ぼやっとした感触だが確かにそこにあることは 確かだった。だが、白い鯉を掴むことはできなかった。白い鯉の感触を感じながら体を捻って朝霧の 向こう側を見たが、紙の裏側が見えるだけで、肘まで入った右腕も白い鯉もやはり見えなかった。怖く なった篤逸は右腕を引き、白い鯉は空に消えた。その時から、篤逸の右手の感覚が変わった。何かに 触れた時、その物のことが、その物の気持ちのようなことがわかる気がしたのである。障子に手を掛け れば、障子紙の穴を塞いで欲しがっている障子の気持ちがうかがえた。切り出し小刀を持てば、以前 子供に使われたときに子供の指に怪我を負わせたことを悲しんでいる小刀の思いがわかった。  翌日取り掛かった紙作りで、篤逸は朝霧に引けを取らない紙を作り上げた。職人たちは驚き、 […]