25. 妖花を悪用する者1

 この世のものとは思えない美しい花があり、その花は核に桃色の石を付けている。その花を見た
者は極楽浄土に行ける。岡山藩にはそういう言い伝えがあった。その花は石桜と呼ばれ、1500年台末
には石桜を探し回る者が多く現れた。花が好きで興味を魅かれる者、自身の極楽往生を願う者、石桜
を売って金を得ようとする者など、石桜を探す目的は様々であった。その中に、敵を滅ぼすために
石桜を利用しようとする者がいた。岡山藩鉄砲方頭(てっぽうがた かしら)、小野沢完武(おの
ざわ かんむ)である。

 石桜で敵を滅ぼすとは。石桜を見た者はこの上ない幸せを感じ、無欲になり、飲食さえもしなく
なって笑顔で衰弱死した。そういう者が多発してからは、石桜の美しさと共に石桜探すべからずと
言い伝えられた。完武の立てた策略とは、その石桜の力を敵の暗殺に利用するということである。
その敵とは、主君、宇喜多秀家の失脚を企む岡山藩国家老、堀之内幸嗣(ほりのうち ゆきつぐ)
である。

 完武は思惑の露見を防ぐために、鉄砲方の配下を含めて他の一切の岡山藩士とは敢えて石桜の
ことを話題に出すのを避けた。普段の完武は、そういう得体の知れない伝聞には興味を示さないと
いう態度を示しており、周囲には堅物と思われていた。

 石桜の調査には、完武が密かに集めて密偵としている山賊や浪人を用いた。密偵にさえも、暗殺
という目的は告げていなかった。完武が密偵に集めさせた情報では、石桜のある場所を知る者はいな
い、石桜を見てその後生き長らえた者は見つからず、見た者は皆短い期間で死亡したという伝聞だけ
だった。石桜の花に毒があって花の汁を国家老に飲ませなければならないとしたら、単なる毒を使う
ことと変わりなく、石桜を利用する意味はない。その美しさに魅かれて花を愛でるだけで死に至る
こと、それが石桜の利用価値だ。密偵による情報では、見ただけで死に至ったか否かは断定できなかっ
た。ただ、普通は美しい花を見つけてもそれを食べるというのは考え難い。石桜を見た者が全て短い間
に死亡しているというならば、やはり噂通り見ただけで死に至ったと考える方が自然だろう、あるいは
石桜を見た者は皆それを口に入れたくなるということならば、石桜を見ることで自ら起こす行動によっ
て死に至るのでそれでいい、それが完武の見立てであった。

 国家老に石桜を見せるには、石桜のあるところまで国家老を連れ出すか、石桜を採取して国家老
のもとに届けるか。石桜を探し出す、あるいは石桜を取ってくる、いずれにしてもそれらを実行する
者自身が石桜の影響を受けず正気を保ったままで任務を遂行するにはどうすべきか、完武には見当が
つかなかった。とは言え、明らかな斬殺や毒殺をすれば真っ先に疑われるのは宇喜多家直系の自分達で
あることから、やはりこの不思議な石桜の力を偶然のように利用したいと完武は考えた。

 まずはその所在を確かめなければ始まらないが、石桜のことを調べた密偵達に対して石桜を探せ
と命じても聴くはずもない。

 完武は岡谷藩城下の臨済宗亀恒院(きっこういん)にいた。考えに詰まった時、完武はここを訪れ
て座禅を組む。座禅によって心を落ち着かせ、住職の尊知(そんち)と話すことで、それまでと違う
発想に至ったことが何度もあった。その慎重な性格から、暗殺の計略を尊知にさえ語ってはいなかった
完武だが、ここにきて行き詰ったからには何か発想のきっかけを得ようと座禅に訪れたのだ。完武は
いつものように何も言わず、座禅を組んだ。しばらくして尊知は警策(けいさく)で完武の両肩を
打った。完武は黙想したまま静かな口調で、自分は見ず手も触れず所在も知らず、物を探して恩人に届
けるにはどうすれば良いものか、と呟いた。何を探すのかと尊知は言った。白い彼岸花よと完武は
言った。あの世に咲く花を探すならあの世にいる者に頼め、尊知はそう言って警策で完武の肩を
討った。

 完武は藩の鉄砲隊24隊のうちの10隊、130名を率いて吉備津が原に演習に来ていた。実戦
と同じ鶴翼の陣形を取り、吹き流しを括り付けて放った犬を敵と準えて射撃訓練をする。犬を撃たず、
吹き流しを撃ち飛ばすことで、動く相手に対する射撃の訓練をするものだ。火縄銃の轟音が響き渡る
吉備津が原の上空を、一羽のカラスが飛び回った。珍しくもないカラスだが、射撃訓練では大抵の
場合、その轟音によって周囲の動物は逃散して姿がない。鳥は特に音に敏感で、数発の銃声によって
飛び去ってしまう。しかしそのカラスは、激しい轟音の中、悠々と上空を旋回していた。その姿が
完武の印象に残った。

 何を探しているのか、深夜の自室で正座し行燈(あんどん)の明かりで書を読む完武に語りかける
微かな声がした。探し物があるのか、耳を澄まして周囲の気配を窺う完武に再び微かな声が聞こえた
が、その声には聞き覚えもなく、声の主の居所に見当がつかなかった。障子に映った影が動いた。脇差
を左手にとって障子を開け廊下に出ると、満月を背負った鳥が塀の上にとまっていた。真っ黒い姿、
カラスであった。小さく首を振りながら、そのカラスは塀の上を歩いた。庭に人影はなかった。部屋に
戻ろうとした完武の背中に声がした、探し物は妖しいのかと。何者だ、完武はカラスの方に向かって
静かに言った。脇差の柄に仕込んだ手裏剣に右手を廻した瞬間、カラスは月に向かって飛び去った。
そのあと暫く廊下にいた完武には、何の気配も感じられなかった。

 岡山藩鉄砲方は、城の警備の役目も負っていた。城郭の四方にある警番所には、警備専属の
警当方(けいとうがた)と鉄砲方が交互に見張りの任務に就いていた。この敬番所を巡回し、城の
警備を確認するのも鉄砲方頭、完武の役割であった。完武は3名の配下を連れて敬番所を廻った後、
馬に乗って城下の巡回に出かけた。

 城下の外苑を行く完武一行は、浪人や修験者などに行き先を尋ねて不審な人物に注意を払うのが
常であった。この巡回に、カラスが1羽ついてきていることに完武は気付いていた。

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