5.ルビーの核を持った桜

 江戸時代初期からその存在が細々と言い伝えられてる妖花がある。その花は赤く、花弁の中心には
赤い石が付いている。その石とはルビーである。

 その花の所在は目木川沿いの森といわれながら、はっきりとしていない。目木川とは、岡山県真庭市
大庭で旭川に合流する全長9kmほどの川であり、その流域面積は約22平方㎞であって山野としても
広いものではないが、そのどこにあるか確かめた話は伝わっていない。その花を見たと語った者はこと
ごとく、その翌日にはその花を見たことを忘れてしまっているために、その話を聞いた周囲の者が方々
に伝えた伝承が微かに語り継がれているが、それを信じる者は少ない。微かに伝わっている話しでは、
その花は桜の一種と言われており、石桜(いしざくら)と呼ぶ者もいる。

 そのルビーは採取され保存されている。いや、とある寺に石桜から採ったと伝わる石が保存されてい
る。岡山県真庭市下中津井にある日蓮宗妙厳寺である。ここに保存されている石桜の石は明治の終わり
ころ、この寺を訪れた鉱物学者が本堂に飾られている姿を見た折に、ルビーであろうと言われたことが
ある。約5㎜×約5㎜×約20㎜の長円形のその石はそれまで石桜の石と呼ばれるだけで、誰も鉱物学的な
鑑定に出したことはなかった。鉱物学者によってそれがルビーであろうと言われてからは、ルビーを手
に入れようと石桜を探す人が大勢現れた時期もあった。それでも石桜は見つからず、探し回った者の中
に死者が何人も出てからは、もはや探し回ることは禁忌と考えられるようになった。その死者の死に方
が不可解だったからである。

 元来、花はなぜ咲くのか。花はその植物が種を着け繁殖していくために咲くのである。花は様々な色
を示し芳香を放ち、その色や匂いに魅かれた虫や動物が花に触れる時に花粉が付着し、虫や動物が花を
渡り歩き別の花に触れるときにその花粉が他の花の雄蕊(おしべ)と出会って受精する。それが果実と
なって種へと変化し、繁殖へと進んで行くのである。美しさや香りに魅かれて花を求めるのは虫や動物
ばかりではない、人もまた花を愛でる。とりわけ日本人は桜に特別な愛着を感じる。石桜は、人をおび
き寄せるためにルビーを付けるのである。そしてルビーを手にした人は生き永らえてはいない。石桜が
人の命を吸い取ったからである、そう考えるものが多くなって石桜探しは禁忌となったのである。

 その禁忌を踏み越えて、石桜のルビーを持ち帰って妙厳寺に供えた者がいた。その者は自らを
化幻玄師(けげげんし)と称した。石桜のルビーを妙厳寺に託し、いずれ取りに来るから預かってお
いて欲しいと言い残してどこへともなく去ったという。

 その化幻玄師の右目は塞がっていたと、妙厳寺の住職は自身の日記に書き残している。

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