2.酒を造る妖怪のすみか

 酒鬼(さかおに、あるいはしゅき)と呼ばれる妖怪、これは酒を造るのが得意な妖怪という意味
である。妖怪自身が酒鬼と名乗ったわけではない。酒鬼はこの妖怪を知る者の間でいつの間にか
使われた呼び名である。

 日本には酒鬼の存在がいくつも伝えられている。
 例えば、武良茂人(ぶら しげと、1919年-2010年)が編纂した日本希存現象縁説録
には、沖縄を除く日本国内について193説の妖怪の存在が記述されている。同著によれば、
日本各地に酒鬼に類する妖怪の伝承が26以上あり、その地方によって伝わる呼び方は少しずつ
異なる。その主なものはさけおに(酒鬼)、さかおに(酒鬼)、さおに(酒鬼)、しゅき(酒鬼)、
しゅせいき(酒精鬼)、しゅれいき(酒霊鬼)、さかたまおに(酒精鬼、酒霊鬼)、などである。
武良はこれらを一つの系統として酒鬼に分類している。

 酒が関る呼び名として近いものに、さけてんぐ(酒天狗)、しゅてんどうじ(酒呑童子)、
酒々井狐(すすいきつね)などがあるが、これらは酒を造る妖怪ではなく、酒を飲む妖怪、
あるいは酒々井明神の守護をする狐という意味の呼び名であって酒造りと結びつかないことから、
同著では別の種説として分類されている。

 日本各地で伝えられている酒鬼が酒を造る目的や作った酒の現れ方には、幾通りもあるようだ。
岡山県の建部町一帯でその存在が伝えられている酒鬼は、作った酒を旭川に流しているのである。
いや武良の説によれば、建部町の酒鬼は自分の家でせっせと酒を造っているだけなのだが、酒を
入れた樽から酒が旭川に流れ出た結果が旭川の水が酒になる現象であると結論している。

 なぜ酒鬼の酒は旭川に流れ出てしまうのか。

 それは、酒鬼の棲家が旭川の上流にある旭川湖の底にあるからである。
旭川湖は1815年に竣工した旭川貯水堤(現在は旭川ダム)によって作られた人造湖である。
ダム建設によって湖の底に沈んだ地域は、かつて農村だった。

 この村に住んでいたある男は、彼の土地で行う米作りと酒作りを愛するゆえに、村の水没に及んで
この村からの退去を拒否した。彼は酒作りをしながら、湖の底に沈んでしまった。
この男の名前は佐知助といった。

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