1.日本酒が流れる川
日本には科学では説明できない奇怪な現象を湛える川がいくつもある。
そのうちの5つ、日本五大酒威川(ごだいすいせん)と呼ばれるものの一つに旭川がある。
旭川は、岡山県真庭市の蒜山(ひるせん)高原付近を源流とし、中央部をほぼ南に向かって県を
縦断し、岡山市の中心市街地を通じて児島湾に注いでいる。川幅は広い所で約280mあるが
ほとんどは100m以下の川であり、深い所の水深は5m程度と、日本においてもありふれた
大きさと外観の川だ。だが、この川は奇怪な特徴を持つ。
川の水が酒になるのである。この怪現象が起きるのは旭川のごく一部、岡山市北区建部町にある
建部八幡温泉付近のみで、しかも朝日の昇る一瞬の時間帯だけである。
この現象は建部町一帯では江戸時代後期からずっと知られていて、地元では語り継がれていたが、
それを確かめようとする来訪者が旭川で酒に出会うことは希であったために、作り話である
と言われてきた。
しかし、民俗学者・武良茂人(ぶら しげと、1919年-2010年)がその存在を体験し、日本民俗風俗
学会で発表し、自身の論文や著書に記述してからは、その怪現象が実在視されるようになった。
ただし、武良の体験を再現しようと多くの学術関係者や取材希望者がこの旭川の建部町流域を
訪れたが、酒になった川の水を確認する者と確認できない者とが混在し、確認できた者の割合は
1割に満たなかった。そのために、この酒を確認した者は建部町の人や武良に頼まれたり買収され
たりしているに違いないということまで言われ始めた。ここで注目されるのは、建部町に長く住む
人々と武良だけは、朝日が昇る時にこの酒を求めるとほぼ100%の確率でこの酒に触れることが
できている。
この建部町ではさらに、旭川の水が酒になる原因も語り継がれている。
それは、酒鬼(さかおに)と呼ばれる妖怪が、川で酒を造っているからだというのである。